プラグマティズムには可謬主義やアブダクションと言う考えがあるそうだ。人には無知の知があり、どんな人も間違い得る。
ならば間違ってても良いから積極的に発言しましょうと言うのが無謬ならぬ可謬主義。
これはとても素晴らしい考え方だ。プラグマティズムこそ最も科学的な態度ではなかろうか?

アブダクションとは演繹法、帰納法に対する第三の推論方法で「仮説形成」「仮説的推論」などと訳されている。
ある事柄を説明するのに仮説を用いる。仮説は間違っていても良いのです。仮説の「否定」によってより真実に近づけるのだから。
「否定の否定」という弁証法的プロセスによって仮説が進化する。既存の「科学」を疑い否定する事が科学の進歩を生み出すのです。

科学を妄信するのは非常に危険。「科学的に説明できる事しか信じない」という科学原理主義はむしろ非科学的であり科学の発展を妨げる。

日本の地震学者は「地震予知は科学的に不可能」と諦めてしまったが、地震学は発展途上の学問であり地震が起きる原因についてさえハッキリと分かっていない。
「現在の科学で不可能」だからと言ってその可能性まで否定してしまうのは間違っている。
緊急地震速報のような「予知」は出来ているのだから10年後、100年後には地震予知が可能になっているかも知れないのに。

古代ギリシャ哲学はオーパーツと呼べるほど先進的でデモクリトスの原子論などは現代物理学を2000年以上先取りしていた。
当時としてはそれを証明する術がなかったので「科学的」な仮説であるとは考えられてなかったが、科学的に証明できなくてもデモクリトスは正しかった。
科学には限界があり全てを解明する事はできない。人は科学を妄信せず「不可知」の部分を認め、恐れるべきなのだ。

テレゴニーを最初に発見したのは「万学の祖」と称えられるアリストテレスだ。
「2300年前の古代人の説だから」と言ってテレゴニーを安易に否定する者もいるが、当時は科学が発展していなかったからこそ現象をありのままに認識できたとも言える。
「1890年に動物学者のAugust Weismannによって否定されている」とウィキペディアには書かれているが1890年代にはDNAもマイクロキメリズムもエピジェネティクスも発見されていなかった。
昔は科学的に証明できなくても現在では逆にテレゴニーの原因が解明されつつある。

科学しか信じないと倫理や良心すら失われる。だから科学原理主義者にはサイコパスが多い。
『ホンマでっか!?TV』に出てる脳科学者の澤口俊之は完全にサイコパス。マッドサイエンティストになってる。

プラグマティズムでは仕組みが分からずとも有用な物であれば「真」であると考える。
科学者は積極的に「神」の存在を否定しようとするが中二病的で大人げない態度だ。
世界宗教は必要に応じて作られた。イスラム教だってイスラム教徒の間では役に立っている。
プラグマティズム的に考えるなら宗教は有用なので「真」だ。
神に対しては不可知論こそが最も科学的な態度です。