人間が生きているのは「生存本能」があるからだ。できるだけ生き延びようとする本能に従って生きているに過ぎない。生命が進化によってそのような本能を獲得した。
人間に心や感情があるのも進化で説明がつく。要するに感情がある方が生存に有利だった。ただそれだけの事だろう。

この世に魂もなく、神もなく、意志や行動も遺伝子の影響を受けるなら、人間は機械と何ら変わらないのではないか?

リチャード・ドーキンスは『利己的な遺伝子(旧題『生物=生存機械論』)』で人間を生き残ろうとする機械"サヴァイバル・マシン"であると定義したそうだが、利己的遺伝子という考え方だと どうしてもそういう結論に至ってしまうのだろう。

しかし人間をただの機械だと考えると人生が無味乾燥でとてもつまらなく思えてくるw
利己的遺伝子は生存に有利な行動を「快」不利だと「不快」に感じるようにして我々の行動をコントロールしている。
「生殖なんてくだらない」と頭ではわかっていても、結局楽しく生きるには遺伝子の思惑通りに動くしかないっていう。。。