パスカルの賭け - Wikipedia

神が実在することに賭けても失うものは何もないし、むしろ生きることの意味が増す

パスカルの賭けは現代では成り立たない。そもそも信仰はタダではない。教会の維持には金がかかるからヨーロッパでも最近は教会がどんどん潰れている。
例え一切コストをかけず心の中で信じるだけでも精神的な労力や祈る時間など何らかのトレードオフが発生する。

神がいる可能性が少しでもあるなら、あるいは報われる事もあるかも知れない。だが神は存在しない。100%存在しないと言って良いだろう。
パスカルの時代ですら神の実在は疑わしかったが、現代ほど確信を持って否定できなかったから賭けが成立した。

神が存在しないのは最早「自明」である。宇宙を全てひっくり返しても神など出てこない。
存在確率がゼロであるから信仰によって得られる物の期待値は完全にマイナスだ。
100%存在しない事が明白である以上、祈るだけ損であり精神的安らぎすら得られない。
万馬券ですらない絶対にアタリの出ないイカサマくじを一体誰が買うと言うのか?

もう信仰心を道徳の要として扱うべき時代じゃない。無宗教を前提として社会は構築されるべきだ。

中国の都市部で民度が急上昇中だそうだ。例えば店で忘れ物をすると店員が追っかけて渡してくれる。例の相互評価システムがあるからだが、当初自分の利益のために親切にしても、やがて感謝されるのが嬉しくなるとのこと。この現象を「デジタル神様が見ている」というらしい。@toukatsujin

信仰熱心な人間が多いその辺の途上国より、無神論の中国の方が国家として成功している。
実在しないハッタリの神様を拝むくらいなら「デジタル神様」の方がよっぽど良い。

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