日本人は中庸な選択を好むと言われる。選択肢が三つあれば真ん中のを選び易い。
中庸である事は確かに素晴らしい。しかし中庸とはあくまでも倫理の問題であって政治や戦略的判断を必要とする場面で通用する考え方ではない。

「中庸な選択こそが常に正しい」と錯覚している人がいるが、明らかに間違っている。例えばチキンレースで勝負した場合、勝つのは限界ギリギリまで踏み込んだ方であり中庸なんてヌルい事を言ってる奴は絶対に負ける。
中庸では勝負に勝てない。日本企業が国際競争で負けるのは日本の経営者が中庸な判断を好むせいだろう。

世界最高企業のアップルやサムスンは中庸なんて考えは持っていない。彼らは非常に極端である。
「勝者が総取りする」シビアな競争下では極端でなければ生き残れない。
サムスンは参入した分野では必ずシェア1位になろうとしている。1位になれそうにない分野には最初から参入しない。
1位でなければ利益が出ないからだ。必ずしも1位を目指さない「中庸」な考えでは企業が衰退するのは当然だ。

日本人が中庸を好むのは真ん中を選んでさえいれば「大きくは外さない」と言う責任回避的な心理が働いているからだ。
中庸が一番無難なのである。だが異なる意見を足して二で割ったからと言ってそれが中庸になるとも限らない。
中庸は本来「熟慮」を必要とするが、真ん中を選ぶだけなら何も考えずともできる。それを中庸とは言えないだろう。

原発をゼロにするか、維持するかという問題で「中庸」を持ち出すのはおかしい。原発をなくすか否かの判断に中間点なんてあるわけない。
中庸という言葉を利用して妥協させようとしているだけだ。しかし妥協すれば双方共倒れになる事もある。どちらか一方しか救えない状況で中庸などと言い出すのは愚の骨頂!

日本で使われている「中庸」とは本来の意味から離れて奴隷道徳に成り下がっている。国民から妥協を引き出す為の。。。
日本人の多くは中庸を理解していない。中庸と言う言葉は難し過ぎる。言葉が難解なせいで何事にも通用する「真理」であるかのように錯覚され、詭弁家に利用されてしまっている。
「偏るのは良くないよ」と言っているだけなのだから「中庸」なんて大げさな言葉を使わない方が良い。中庸は不要なのです。